YASURAの野球ノート

こんにちは! 某国立大学教育学部2年時のYASURAと申します。 現在、軟式野球部に所属しており、一人暮らしをしながら文武両道に励んでおります。 日々の生活の中でのちょっとした「意識」や「気付き」が教師になる上で、あるいは野球部の顧問になる 上で重要になると考えております。 そこで、私の考え方や気付きを共有して、皆さんの意見をぜひ聞かせていただきたいです。

“意識”の負荷を自分にかけよう!

悔しくないのか?

こんにちは!YASURAです。

今日は新入生との対面式でした。少々先輩の威圧感に圧倒されていたようにも見えましたが、徐々に慣れていってほしいと思います。

思えば、1年前の自分も同じように超怖い(笑)先輩たちの前で自己紹介をしたように思います。1年間は想像以上にあっという間に過ぎ去るので時間を無駄にしないように少しでもその日が自分にとってプラスであったと思えるような努力をしていきましょう。

以前、努力の根源は、悔しいという気持ちからくると書きました。

↓努力のについての記事は下記のURLからチェック!↓

pitcherteacher18.hatenablog.com

私の場合、この“悔しい”という気持ちは割と日常的に湧き上がってくるので、努力しようと思えます。(例えば、誰かのプレゼンが自分と全く異なるいい着眼点であったとすれば、素直に「良い着眼点だな」とその人を評価しその人を上回るにはどんなプレゼンにすればよいかを考えていました。)

しかし、以前の記事にも少し書いたように、同じ大学生でもなかなか悔しいという感情が持てない人が多いのかなという印象を私は受けています。テストも「ギリギリ単位が取れればいいか」という気持ちで勉強をして、発表準備もその場しのぎで、何か指摘されてもへらへらしている人が割といる印象を受けます。私はそういう人に対して「悔しくないのか?」と思わず聞きたくなります。

おそらく、そういう人たちはいつも楽をしようと考えている人ではないでしょうか。勉強も何もかも最低限のことだけやってしのいでいると思います。大学生は自由ですから楽をしようと思えばいくらでもできるでしょう。しかしながら、そんな生活は勿体ないと思います。自由であるからこそ自分にはある程度の厳しさをもって接さなければ、4年間大学に通う意味がありません。特に私は教育学部なので、そんな志の低い人が教師になって勉強しろなんて言ったところで説得力の微塵も感じられません。「人には優しく、自分に厳しく」という言葉の通りまずは自分にある程度の負荷をかけないといけません。

そこでこのブログで再三言ってきていますが、日々の生活には“意識”が欠かせないというわけです。授業やほかの人の発言、行動などを見ていて“意識”をしていれば、自分にはない素晴らしい才能持っている人に多くめぐり逢い、「この人のこの着眼点、慣性、能力が羨ましいな」と思うようになります。羨ましいと思うのは裏を返せばその人の能力に嫉妬している、多少は悔しいという感情を持っているとも言えます。そういう考え方が芽生えてくればきっと少しは努力できるようになるはずです。

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まとめると、大学生活を楽して過ごすのは勿体ない。

だからこそ、自分自身に“意識”という負荷をかけて生活すれば自然と努力できるようになるということです。私も初心を忘れず、来年再来年と同じ日が来た時に少しは成長したなと実感できるように努力していきたいです。今年度も頑張りましょう!!

 

 

今後もできる限り毎日更新していきたいと思います!ぜひ読者になってください!

コメントもよろしくお願いします!

 

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